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一生思春期。

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ごきげんな日。 17:20

 

へび。

とぐろ巻いたへび。

 

と、見せかけ

実は、なす!

ひひひ。

 

 

脳みそ。

ホルマリン漬けの脳みそ。

 

と、見せかけ

実は椎茸!

ひひひ!

 

いぬ。

 

と、見せかけ

やっぱり、犬!

あちゃー。

 

 

伊勢エビと、なんか。

仰向けの伊勢エビと、なんか流木みたいなの。

 

と、見せかけ

実は、きゅうりの根っこ。

ふふふ。

 

 

熊の手。

小熊の蜂蜜すくった手。

 

に、見せかけ

やっぱり犬の手!

きゃっ!きゃっ!きゃっ!

 

 

あ〜ぁ。

こうして毎日、生きていけたらいいのにな。

 

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くだもの。二年目。 17:40

 

 

ぶるぅべりい。

去年は一粒。

貴重な収穫。

今年は凄いぞ。両手にいっぱい。

ちいさな瓶に永遠の紫。

貴重な収穫。

 

個人的には、実がつこうとつかなかろうと

若葉の頃の、緑の清々しさ。なんて、素晴らしいこと。

 

 

ゆず。

去年は一個。

貴重な香り。

今年は…なんだ、なんだ!

ぼこぼこ頭がいっぱい。

小さなお釈迦様たち。

小さなままでいいからね。

みんな黄色くなあれ。

 

 

いちぢく。

去年はあんまり美味しくなかったな。

それが、どうした。今年は美味しい。

青いままの君たちよ。

優しい手に守られて、たんと甘くなりなさい。

赤づく君たちよ。

カラスに見つかってはいけないよ。そっとそっと大きくなぁれ。

だけど、もしもカラスに見つかったなら

立派な君、胸を張ってくれてやりなさい。

カラスは、私も知らない世界に連れてってくれるだろう。

 

 

ねくたりん。

今年、初めて花を咲かせ葉を繁らせ、

出て来た子たちは、どうも、ももらしい。

大きさも、もも。

匂いも、もも。

ねくたりんは、どこ行った?

皮を剥いて、包丁を入れて、口に含んで。

うひゃー!

まずい!!
それでも、よいのです。
あんなに細い、棒切れのような木から、よくぞ産まれてきてくれました。
冬の間は、何度この枯れ木を邪魔に思ったろう、
布団を干す度に氣を遣わせる、このか弱い枝を何度睨んだろう。
こんなにも大きな命を育んでいたとは。
ねくたりんじゃなくてもいい。
ももじゃなくてもいい。
まずくてもいい。
よくぞ、ここに生まれてきた。

 

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高原の風。 14:03

 

大きな空がいい。

大きな地がいい。

 

 

小さな花がいい。

小さな人がいい。

 

 

大きな世界に

小さな命がいっぱい。

 

大きな世界に守られる。

小さな人間の、このちっぽけさが

とても、しあわせ。

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カコカテ。 17:38

 

私たちは、まるで磁石のように、互いに

呼び寄せ、惹き付け合って。通じ合っていた。

時を重ねる程に、互いの間に距離があることさえ忘れて。

私たちは、まるで磁石のように。

共に在ることが当たり前で、

共に在ることで、自然体を取り戻した。

私たちは、確かに、通じ合っていた。

 

どうしてだろう。

いつの間に?いつから?

私の磁力は、S極は、あるいはN極は変わっていた。

私たちの間に何かが起きた訳ではないのに

私たちはそれまでと変わらず、ただ生きていただけ。

いつから?道は別れた?

 

何かが違う気がして。おしりがむずむずして。

居心地なんて考えたこともなかった場所で

私は座り方さえ、忘れてしまったのか。

 

そんな自分に、胸がちくりと痛む。

私は変わってしまった?

 

これが良いことなのか、悪いことなのか、答えを探す必要がないことは知っている。

けれども、「しょうがないこと」だと諦める気にも、すぐにはなれない。

いつしか当たり前のように、私たちは呼び寄せ合った。

それと同じように、離れていくことも、認めなくてはいけないのだろうか。

 

「何かを得るためには、別な何かを犠牲にしなくてはいけない。」

それが事実ならば、この胸の痛みは、あんなにも満ちていた時代を犠牲にしてしまったから?

 

過去の自分を犠牲にして、人は「今」を得ていくものなのか?

 

 

そんなことを考え始めていた時だったから、偶然のような今日は尚のこと感激したんだろう。

 

15年ぶりの友だちの声。

ホントはすごく不安だった。

全く違う環境の中、お互い違う幸せと悩みを抱えて

しかも、それが一体どんなものなのか、互いに何も知らない中で

何が言える?何が聞ける?

一緒に居た時間よりも、離れてしまった時間のほうが遥かに長い。

お互い形式じみた挨拶と、戸惑う空気が流れる。

想像しただけで、胸はまたちくちくと疼いた。

 

「わっか!」  「るっか!」

「わっかぁ!!」「るっかぁ!!」

互いの、あの頃の呼び名を呼んだ。歓声あげて、何度も呼んだ。

互いの、あの頃の時間がたった一言で蘇った。

呼んでは笑って、呼んでは泣いて。

 

電話を切った後、話したかったことが止めどなく溢れてきた。

だけど、一番思い出したこと。

私たちには、「わっか」と「るっか」の呼び名さえあれば、他のことなど楽しい付属品に過ぎなかったのだ。

昔も。今も。

私たちは、互いに呼ぶ声さえ聞けば、全てが伝わったんだ。

昔も。今も。

 

確かに。私たちは15年の間に随分と離れてしまった。

お互いが、自分の人生を歩む内に、無意識に。

この先、どうなるかもわからないままに、無遠慮に。

だけど、それはやっぱり悪い事でも、そして、しょうがないことでもなかった。

自分たちの人生を歩むためには、必要なこと、避けてはいけないことだったのだ。

共に過ごした時代に、あの頃と同じように今もって、

さよならは言えないのだ。

 

あの頃のアナタと逢えたから、今の私が居る。

あの頃という互いに同じカテがあるからこそ、互いの幸せを信じ願うことが出来る。

言葉にすれば簡単だけど、

そうなんだ。

 

覚えた胸の痛みは、今までを単純な過去にしてしまわぬように

これから、もっと自分の人生を叶えていく、その責任の重さ故の

「ちくり」だったのだ。

 

やっぱり、私は思う。

幸福に、犠牲など必要ない。

必要なのは、しあわせなカテ。

 

 

 

 

 

 

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2016 夏 畑 23:13

 

きゅうりがトマトに恋をした。

 

あれという間に伸びるきゅうりの蔦。

何もしなくても支柱に巻き付く従順さには頭が下がるものの

ちょっと目を離すと、自分で自分の首を絞めるような体勢に。

それならまだしも、トマトやらピーマンやらいろんなものに絡み付いては傾いていく。

そうやってきゅうりは、ますます勢力を伸ばしてく。

絡み付かれた方はたまったもんじゃない。

 

こういう人って、いるんだよねぇ。

 

溜め息つきつつ、二度と離さんとばかりの蔦をほどく。

アナタの相手は、此所じゃないでしょ。

 

 

 

ひみつのアイコ。

 

気付いた時には、脇目は大きく通路に幅をきかせ、

無神経な歩幅が、ボキリと折った。

失敗を見なかったことに、無かったことにと

無神経に土に差し込んだところ

立派なグリーントマト。

 

前途有望。

これ、アナタの為にある言葉。

 

グリーントマト?

グリーンパプリカ?

そんな映画がすごく良いよ、と勧められたまま観ていないことを思い出す。

 

 

 

夏の都民農園は、緑が山のように溢れて、

誰が居るのか

何処に居るのか。

おーいと呼んで

こっちかあっちかと応える。

小さな畑の集合体に

物語が沢山産まれる季節。

 

 

 

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10日後。 16:27

なんだか遠い昔のような。いやいや、あれは夢だったような。

けれども、

何かがちょっと変わったような気もする。

犬が、ここに居る。

畑に、きゅうりを穫りにいく。

白いご飯が、美味しい。

お酒はいくら飲んでも、飽き足らない。

現実はやっぱり変わらないようだけど、何かが変わった気がする。

犬も畑もご飯もお酒も、なんだか大きくなった気がして、なんだか近くなった気がする。

いや、近いというより、なんだか内側に在る気がする。

犬も畑もご飯もお酒も、やっぱり夢なのかも知れない。

だけど、現実は事実だとキッパリ言っている。

この数日間で、なんだか10歳ぐらい歳をとった気がする。

つい数日前まで

頑張って胸を張っていたはずなのに、

言い聞かせては上を向いていたはずなのに、

どうしてそうしていたのか、たった幾日で遠くなり、もう忘れてしまいそうだ。

だけども、そこに喪失感がないのは、こうなることを望んでいた証拠なんだろう。

たとえ、10歳増えたとしても、

こんな気持ちになれるなら、歳をとるのも悪くない。

理想が灯す聖火台に、現実を叶わせる若さも、勿論素晴らしいけど

現実の灯火で、未来を照らすのが加齢故ならば、それも悪くない。

つい10日前だというのに

まるで何年も昔のことのよう。

深呼吸のように気持ちのいい溜め息をついて、思い出す。

それは、とても幸せなこと。

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これから 17:14


若葉広がる季節の中で
どれだけの期待と邪心を打ち消せるのか。

枯れ葉舞う季節の中で
どれだけの夢と想いを叶えることができるのか。

これから。
勝負はこれから。

これからの私、
負けるな。折れるな。
今の私を美しく、負かしてやるんだ。
これから
始まるんだ。
 
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女中、花を摘む。 20:31


出掛ける度に花を摘んでは、
にやにやと帰って来る私に先生は厳しい。

それは他所様の庭の花ではないか。とか、
ゴキブリさえ殺さぬ君が何故、躊躇なく花の首を折れるのか。などと
いちいち、うるさい。

その度に私は
これは、どこそこの裏山で摘んだ。とか、
ゴキブリは私にとって愛しくないが故、この手で殺めるのはごめんだ。などと
しつこく、応えなくてはいけない。
そうして先生は納得することもあれば、
まだ何か言いたそうに口をへの字に首をかしげたりする。

先生にとって殺傷は、相手が何者でさえ
自分の命の存続をかけた場合のみ許されることで
簡単に言えば、食すことと自己防衛の目的以外は如何なる殺傷も許されない。
と、いうことらしい。
なるほど、正しいご意見。確かに、与えられた命たるものそうあるべきだろうと、私も頷く。
私も多いに頷くのだ、けれども。
花を生けた床の間を見て、喜ぶのは私以上に先生だ。
お酒で心持ちが良くなった時などには
やはり、売り物の花は嘘ものだね。だとか
摘まれたのも運命、今晩のお酒が美味しいのも運命
などと、何かに納得しては頷いている。
そうして、調子に乗って摘んで帰れば
また、くどくどとうるさい。


ある日、私は例のごとく「売られていない」花を持ち帰った。
ところがそれは、いつものような雑草と言われるものではなく
枝に満開の桜だった為、先生は多いに叱った。
花を摘むにも程がある、枝を、桜の枝を折るなどもってのほか。
君には落胆した、
というような言葉を降らしたものだから
私も私で懸命に弁解した。
近所で庭の桜の木を世話する最中、頂いたものだと。
いくら私であっても、桜の枝は折れないと。
それは本当のことだった。
聞いた先生は安堵した様子で、
安堵した先生にこちらは尚、安堵でその場は落ちついた。
とはいえ、改めてグラスの中の桜を愛でる内
私はおろか、先生までもがにやりとなった。

地面に生える花は良くて、枝になる花はいけない。
とは、なんとも私たちの視点によるところじゃないか、と。

矛盾を嫌う先生曰く、
やはり君、花を摘むのはやめた方がよろしくはないか。と苦笑い。
矛盾に慣れ親しんだ私曰く、
枝を折れない私はまだまだ可愛いものですね。と呆れ笑い。
グラスの中の桜の心はツユシラズ。



 
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カゼよ、ごきげんよう。 23:27


私の心は時々、カゼをひく。

それまで
目に見えずとも確かに感じられていたものが、
ささいな現実を前に
突如として馬鹿げた妄想に思える。

それまでの自分が
小さな箱の中で自由を謳歌する小人のように
そう、裸の王様のように思えて。
それまで感じられていたものに
なんの確証もなかったことを目の当たりにして。

見ていた世界は、四方八方塞がれた壁の中だったと
信じていた姿は、嘘で取り繕われた虚栄の装飾だったと
それまでの自分が
馬鹿で間抜けで、情けなくって恥ずかしくって。

自分の「前向き」なんて
所詮は幼稚な楽観者に過ぎなかったことを知り
それまでの自分が
腹立たしく
これからの自分が
恐ろしく。


けれども、カゼが治るように
そういう状況も、また消えてしまう。

鼻が詰まったとか咽が痛いとかと同じく
治ってしまえば、状況が変われば
事実として記憶にはあるものの
その辛さは、いまいち、ぼんやりとしか記憶に残らない。

そんなにしんどかったら
カゼをひかないように、もっと気をつければ良いのに
とは思うものの、
如何せん辛かった記憶は曖昧なもので
過去の反省よりも、治ったという現在に万歳をしてしまう。
そうして未来までも、それまで以上に明るく見えてしまう。


だから、ダメなのよ。
だから、何度もまた同じビョーキにかかるのよ。バカね。
と、思う反面
懲りることなくまた
見えないけれど確かに感じるものなんかを信じる自分が
同じ馬鹿でも、笑える馬鹿に見える。
怯えることなくまた
同じビョーキにかかっては同じく立ち上がる自分が
同じ馬鹿でも、幸せな馬鹿に思える。


カゼ。
大病ならさすがに、こうはいかないだろう。
自分の持つ、自然治癒力だけで治す、治る
だから、カゼ。
時々ひく、心のカゼ。

同じ現実なら
望むものを感じたい。
同じ馬鹿なら
笑える馬鹿がいい。
それが
私の自然治癒力。







 
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ぐるっと、ね。 12:44


誰か一人でもいい。
「良し」としてくれる人が居たら、いい。
誰か一人でもいい。
「良し」としてもらいたい人が居たら、いい。
そうして、その誰かは二人でも三人でも
沢山居たら、尚のこと、いい。









 
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