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一生思春期。

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恐れ入ります。 16:28

 

その前の晩

テレビでは、ジビエ料理をやってて。

料理方なんかより、目を見開いて耳穴かっぽじって知ったのは

イノシシの怒り狂った呻き声とシカの恐怖に耐ええぬ叫び声。

そして、真向からそれらを認め、矛盾を肯定し、互いの命を尊ぶ、ハンターの姿。

 

画面を前に止まらない涙は、優しくなんてない強くなんてない

ただただ弱っちい自分の証。

 

 

だから、翌日

台所いっぱいの鹿肉に胸がつまったのは尚更のこと。

 

「肉」を食べるということがどんなことなのか。

他の者を殺して食べるということが、どれほどの重みあることなのか。

フィリピンの小さな島で、向き合った自信は所詮は「ただ、逃げずに見つめた」程度で、

そんなことでわかった気になっていたのが恥ずかしい。

 

今、目の前に広がる鹿は、もう死んでいるんだ。

これは単なる肉の塊なんだ。

 

言い聞かせる自分とは裏腹に、昨夜のシカの目が声が強く蘇る。

だけども同時に、あのハンターの深くて強い言葉が背中をさする、押す。

 

決して無駄にはしてはいけない。

泣きながらでもいい。

それでも、切るんだ。作るんだ。食べるんだ。

自分は弱いだとかなんだとか、立ち止まってる場合じゃない、ここまできたら

目の前の肉となった命には、食べることしかできないんだ。

 

あの日から約二週間。

 

昭和30年代中頃の高級志向の雰囲気と

やけに綺麗な日本語になかなか感じるものがあって、貰ってきた料理本。

面白おかしく眺めていれば

魚のおろし方と同じく鶏のしめ方が載っていた。

「野兎やすずめでも、美味しく召し上がれます。」なんて文章もあって

正直、ギョッとする。

でも、これがきっと本当の料理ってことなんだろう。

昔はみんな、当たり前に今の魚と同じように肉にも手と目をかけていたんだろう。

 

やっぱり。

弱くなったもんだ。

 

食べて、生きる。はシンプルでも

他の命を、自分の命の犠牲にする。は決して簡単なことじゃない。

考えるほどに矛盾はいくらでも湧いてくる。

だけど、その矛盾を堂々と胸張って見せられるだけでも

強い人間なのだと思う。

 

 

大根だったら、ただただ「ありがとう。」だけで食べられるのに。

とも思うけど‥

そういう気持ちこそ何かから逃げている気がする。

 

 

 

 

 

 

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