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一生思春期。

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ころっけ侍、参上。 15:38

 

ころころころ〜。

ころっけ侍、参上。

 

不格好は、勇気の証。

ごろっと、ころころん。

ころ〜、ころっころ。

 

一生懸命、転がって

悪者をぶっとばすぞ。

 

たっぷりのソースはお姫様からのご褒美。

とろとろとろ〜。

 

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あじさい。 16:24

 

 

植木もいいし、生け花もいい。

植木が立派に花を咲かせたら、切って玄関にでも飾れたらいいな。

 

切り花が可哀そうに思えた頃もあった。

切りさえしなければ、もっと長生きできるだろうに。

切りさえしなければ、太陽や虫たちともっと遊べるだろうに。

 

それも、そうだ。

だけど、今はもっと増えた。

 

切ったからこそ、誰かの目に留まる。

切ったからこそ、誰かの心を癒せるかも知れない。

切ったからこそ、誰かの心を灯せるかも知れない。

 

今の私に大きな庭でもあれば、話は違う?

いや、大きな庭があって、そこに沢山の花々が咲いたとて

いくつかの花を切り、やっぱり部屋を飾るんだろう。

 

 

 

一つの幸せを得る為には、別な幸せを捨てなくてはいけない。

 

そういう考えは苦手。

何かを犠牲にしてまで得られる幸せなんて、本当の幸せではない気がする。

なんだか淋しい幸せだ。

今の幸福をあっさり捨てる姿は、酷にも感じる。

 

だけど、ふと振り返れば

完全否定できない自分に気づく。

 

意識したとして、無意識だったとして

それまでしがみついていた幸せは、もうこの手の中にはなくて

今はそれまでのとは違った幸せを浴びていた。

 

それは、嘆くべきこと?

それは、淋しいこと?

それまでの幸せを犠牲にした?

 

雑草だらけの庭を眺めて、季節の移り変わりを、命の強さを感じていた。

自分の変化を、自分の強さを自問した。

有難い眺望、鋭い幸せ。

だけど、気づけば、そんな庭はもうない。

私が捨てた?

 

誰かの為に花を切る。誰かの幸せを願う。

役目を終えた花々を、ゴミ箱にいれる覚悟。

そうして、また新しい願いを生ける未来。

この幸せは、犠牲の上のもの?

 

 

本当の幸せなんてなんなのか、わかってたまるか。

 

なんと言われようと、

失った幸せは、捨てたんじゃない、犠牲にしたんじゃない

形を変えただけのこと。

だからきっと、また形が変わる時が来る。

 

大切なのは、その時を、いつ来るかわからないその時を、

恐れないこと。

 

幸せの一つや二つ、なくなったって構やしない。

いくらでも、見つけてやるんだ。

それぐらいの覚悟で

それぐらいの余裕で

やってやろうじゃないか。

 

花を切ったとて、大きな命は終わらない。

 

そう思えることが、それ自体が

何よりもの新しい幸せなのかも知れない。

 

 

 

大好きな花のもつ言葉は「移り気」

初めて知った時はショックだったけど、今は愉快。

毎年、楽しみな季節。

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はるかぜ。 13:21

 

少しだけ、過去に戻りたくなった。

ひとりでも淋しさなんてなかったあの頃に

少しだけ、戻りたくなった。

 

笑い声と、ざわめきと、それらに微動だにせず流れる音楽

全てをたやすく受け入れる木々と、風。

何も変わってはいなかった。

思い出した。

ここで、この風の中で

私は何かを見つめて、何かを探していたんだ。

 

今の私は?

今の自分も同じ。

何かを見つめて、何かを探している。

 

だけど、違う。

あの頃とは違うものを、見つめている。探している。

 

あの頃、ここに来れば

見つめることが出来た。探すことが出来た、見つからずとも。

そういうものが、もうここにはなかった。

あの頃の自分は、あの頃のまま。

だけど、ここにはもう居なかった。

 

行けば、余計なものを忘れて自分に戻れる。

そういう場所では、なくなっていた。

 

いつでも、帰れる場所がある。

 

人生は、そう甘くはないんだった。

いつでも、いつまでも変わらないそんなものは世の中には早々なかった。

自分自身もしかり。

いや、自分が変わればこそ

過ぎ去った時は過去になる。

 

ここに来れば、過去に戻れる。

誰が、教えてくれた?

懐かしい場所が、私を笑った。

 

見つめるものは、探すものは

もう、ここにはないよ。

君が持って行ったんじゃないか。

優しい風が、私をさとす。

 

帰る場所は

私の居場所は

もう、ここにはなかった。

 

戻る場所がないのなら、

ただひたすら、ここから。

ここから

見つめていくしかない。

探していくしかない。

 

あの頃と何も変わらない優しい風が通り過ぎた。

 

 

 

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満点と赤点 15:27

 

「生物」は満点。「科学」は赤点。

これは子供の頃の試験の話。

どちらも同じように机に向かって、それでも

数字は正直に、私の感動指数を示していた。

 

テレビに講義に展示会。

最近「人体」づいている私は

見ても、聞いても、歩き回っても、感動のしっぱなし。

 

子供の頃、あんなにも感動した体の構造が

最近になって甦る。

逆に言えば、しばらくの間、そういうことを忘れていたんだろう。

若き日々は(今も若いけど)、自分探求や人生迷路にすべてを注いで、

自分の体なんかより心が精神がすべてになっていた。

心と精神は、体と切り離されていた。

体のことなど考える余裕はなかった。

 

だけど、最近の感動から学ぶのなら、

そんな若き日々の逆さ天秤こそ、若き体力の余裕。

 

 

とにかくとにかく(持病というものを抜きにすれば)

人体は、驚くほどに無駄がなく、ひっくり返るほどに完璧で。

必要な栄養と休養と運動を、必要な分だけ与えていれば

何一つさぼることなく、何一つ休むことなく働き続けている。

同じ日々を続けていられないのは

平穏を保つことが出来ないのは

人体を与えられた人間の方。

満点の人体を与えられたのは、なんと赤点の人間。

神さまに遊ばれているとしか思えない。なぜ。

どれだけ、人体の要求に応えられるのか、助けを耳に入れられるのか

神さまに試されているとしか思えない。なぜ。

 

そう思ったら、なんだか変わって。

例えば、風邪なんかひいて寝込んで治ったら

今までは「神さまー。治った、ありがとう。」の一言だったけど

これからは自分の体に「ごめん」「がんばれ」「ありがとう」に変わって

神さまには「今後はうがい手洗いに精進します」みたいな宣言になるんだろう。

 

人間生きていれば、そりゃ赤点にもなる。

やけ酒、ぐーたら、夜遊び、はもちろん

誰かのために寝ずに働いたり、誰かの苦しみに怒りをあらわにしたり

人間生きていれば、そりゃ赤点にもなる。

人間は生きていく限り、赤点なんだ。

だからこそ、満点のこの体に協力を仰ぐ、この体と強いタッグを組む。

長生きするためでもなく

病気にならないためでもなく

かしこく生きていくために。

それが、赤点人間に満点人体を与えてくれた

神さまのこたえ。

 

すごいね、人体。

すごいね、神さま。

感動と興奮に、今日も美味しいお酒が飲めそうです。

 

 

 

 

 

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ずーずー 15:38

 

だれの おしり?

 

 

ジャイアントパンダ!

 

しかもお父さんパンダ!

 

 

だれの おしり?

 

 

しろくま!

 

 

だれの おしり?

 

 

りすのような

うさぎのような

きっと仲間!

 

 

だれの おしり?

 

 

ミーアキャット!

 

 

だれの おしり?

あ!

だれの くび?

 

はーい。

きりん!

 

 

 

だれの おしり?

 

 

 

だれの おしり?

だれの くび?

 

動物園クイズ

おわり‼

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ふきのとう、パパイヤ、ぱんけーき。 15:34

 

隣の山でみつけた、ふきのとう。

ふき味噌を作ったら、

雪の積もった山に春が来たみたいに

白いごはんを山盛り食べよう。

 

 

 

南の島から流れ着いた、青パパイヤ。

割れば、ぽん菓子みたいな種がこぼれ出し

切り口からは、たんぽぽミルクが溢れだす。

熟す前にこちらは食べようというのに、なんだろう。

待っていたのはあちらみたいで、会えたことが嬉しくなる。

 

 

 

向こうの国から届いた、ぱんけーき。

読めないレシピにとりあえず、奮闘したら

行きつく先の適当力に、あとはおまかせ。

ほらね。立派な地層が出来た。

あの国とこの国の歴史より、地球の歴史はもーっともっと長いんだい。

 

 

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ちいさな変化。うれしい出来事。 17:56

 

苦手だったはずの鳥たちが、なんだか可愛く感じる。

 

160円だったアボカドが100円になった。

 

しばらくほったらかしにしていた針仕事が、やけに進んだ。

 

揚げ物がだんだん上手になってきた。

 

観てもないけどコレかなーと思っていた映画がアカデミー賞をとった。

 

お休みが平日になった。

 

犬がよくしゃべるようになった。

 

お通じがいい。

 

風が吹いても眉間にしわが寄らなくなった。

 

 

そうか。

春が来た。

 

 

 

 

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ロメジとジロメ。それからヨドリ。 19:07

 

今年に入ってから知り合った、ロメジとジロメ。

二人は、二羽は、いつも一緒。

「ちちちちち。ちちち。」(大丈夫かなぁ。危なくないかなぁ。)

「ちち。ちちち。」(そんなこと言ってる内に食べちゃうわよ。)

なんて言いながら、

ある日ベランダにやって来た。

 

その内、こちらが起きる前からやってきて

まだ開かないカーテンの外側で

「ち。ち。ちちちー。」(お姉さん。お姉さん。お腹すいたよー。)

「ちちちちちー。」(かわいいお姉さーん。)

なんて、起こすものだから、

こちらも一応眉はしかめつつ、まんざらでもなく

糞を始末して、餌を用意するようになった。

 

 

そうして、こちらは厄介者のヨドリ。

ヨドリはいつも一人で、

「ぎー、ぎー」(うまいぞ!うまいぞ!)

と叫んでは、ジロメとロメジを怖がらせたり、隣のマンションの赤ちゃんを起こしたりする。

その上、ヨドリもやっぱり早朝から私を起こすのだけど、こちらは

「ぎぎぎー!ぎぎー!」(腹減った!何時まで寝てるんだ、くそばばぁ!)

なんて、言うのだから、こちらは意地でも寝坊したくなる。

 

だけども、どうして、ヨドリを追い払う気にはなれない。

いつも一人ぼっちで誰かに、一生懸命叫んで。

いつも一人ぼっちで誰かを、一生懸命呼んで。

そんな姿が、いつの間にか切なくなって、愛しくなって。

馬鹿だなぁ、と思いつつも、どこかで早くこの子に

のどを痛めなくても済む日が来ることを願ってしまう。

 

 

警戒心が強いのがジロメ。

まるっこいのがロメジ。

 

 

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新しい年、変わらない場所。 17:48

 

愛情、優しさ、努力、忍耐、誠実、喜び、感謝。

どんなに時が経とうと

どんな時でも

変わらずに保つことは、結構大変で

その度、私は自分が試されてるような気がする。

 

敵はいつも、決まって自分自身で

ああでもないこうでもないと、ひとり相撲をとった後

勝ったり負けたり

自信をつけたり反省したりする。

 

だけど、どうだろう。

私は自分以外の、敵を知らない。

自分自身以外のものに

自分の素行の善悪とは無縁のものに

脅かされたことが、ない。

 

本当の戦争も、災害も知らない私は

自分にはどうにも出来ない社会の流れや大きな力に

挫折したことが、ない。

 

 

7年経った海は

まるで何事もなかったように

私が子供の頃とまるで変わらず、清く穏やかで美しく。

だけども、町は確実に

昔には戻れないと、姿を変えて。

そうして、そこで暮らす人たちは、

変わらないものを、保ち続けていたものを

少しづつ少しづつ、けれども着実に取り戻しているように思えた。

 

 

もうちょっと、信じよう。

大きな力に左右されながらも

変わることのない力が、自然には、生き物にはあるんだ。

私にだって、きっと、ある。

 

自分自身の中にある小さな敵に

いちいちビクつかず、

目先の不安に怯えずに、

変わらない力を

それがここに在ることを

信じよう。

 

 

 

 

 

 

 

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2017→2018 18:44

 

 

2017年はどんな年だったのか振り返ってみる。

 

振り返ろうとすれば、思い出すのは今までの大晦日の過ごし方だったり

正月の思い出だったりで

結局、今日に至るまでの365日は、なんだかぼんやりして、

なんだかピントが合わない。

 

振り返るには、早過ぎるのかな。

 

そう思った途端、しっくりきた。

あと何年かしたら、この2017年がどんな年だったのかわかるのかな。

 

 

 

元旦には氏神さまにお参りに行けないので、

今日、行ってきた。

 

頭を下げて、手を合わせたら

お礼しか浮かばなくって

それが具体的には何なのかと言われれば

やっぱり、ピントが合わないのだけど

何はともあれ、今年も氏神さまにお礼を言えるということが

何よりもの有難い出来事だった。

 

 

 

あと何年かしたら、この2017年がどんな年だったのかわかるのかな。

 

だとしたら、

あの年のおかげで、今があるのだと

あの年のおかげで、未来を恐れずにいられるのだと

そんなふうに思える、この先を生きていきたいね。

 

あの年はヒヤヒヤしたと、

あの年は最悪だったと、

そんなふうに語れる、世界を作っていきたいね。

 

 

 

みんなの願いが、ひとつになりますように。

 

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